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広島高等裁判所 昭和44年(ネ)222号 判決

吉岡商店こと

控訴人

吉岡サダ子

代理人

河野将定

被控訴人

広島トーヨー株式会社

代理人

椎木緑司

主文

第一審の通常手続および手形訴訟の各判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対して、金八万五、〇〇〇円と内金二万五、〇〇〇円に対する昭和四〇年一二月一二日から、内金一万円に対する昭和四一年一月一日から、内金一万円に対する昭和四一年二月一日から、内金一万円に対する昭和四一年三月一日から、内金一万円に対する昭和四一年四月一日から、内金一万円に対する昭和四一年五月一日から、内金一万円に対する昭和四一年六月一日から、各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、異議申立の前後第一、二審を通じて、一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

被控訴人が、原料決添付別紙目録記載(一)から(七)までの本件約束手形七通を所持し、右各手形をそれぞれ満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。

そして、前記目録記載(二)から(七)までの本件約束手形六通の振出に関する控訴人主張の錯誤および詐欺を理由とする各抗弁、ならびに、控訴人提出の各抗弁が時機に後れた攻撃防禦方法であるとの被控訴人の主張については、当裁判所も、また、いずれも採用し得ないものと判断する。その理由は、「当審証人谷口猛夫の証言中原判決の認定に反する部分は信用し難い」と附加するほか、原判決判示の理由(原判決九枚目裏三行から同一四枚目表二行まで)同様であるから、これを引用する。但し、原判決一一枚目表一〇行に「被告」とあるのを「住田」、同一一行に「接分分割」とあるのを「按分分割」、原判決一二枚目表五行および八行に「竜口浩三」とあるのを「竜田浩三」とそれぞれ、訂正する。次に、前記目録記載(二)から(七)までの本件約束手形六通に関する控訴人の補充権濫用の抗弁について検討する。

元来、白地手形の授受は、強度の信頼関係を前提とするものであるが、特に、本件のように手形上の権利の内容としては最も重要な手形金額に関する補充については、その範囲を限定するのが普通であるから、その他の事項についての白地手形の場合とは異なり、手形金額白地の手形の取得者は、補充権の存否、内容について振出人に直接照会して調査すべきものであつて、これを怠つた場合には、特別の事情のない限り、取得者に重過失があり、振出人は、所持人に対して、補充権濫用の抗弁を主張し得るものと解するのを相当とする。

さきに認定したところによれば、控訴人は、本件手形を含む被控訴人主張の一一枚の約束手形を振り出すにあたつて、共同振出人の訴外住田静登に対し、各通の手形金額を金一万円と補充すべき旨指定したところ、被控訴人が訴外人から右の手形を受理するにあたつて、同会社常務取締役谷口猛夫、社員竜田浩三が控訴人方を訪れ、控訴人自身に面接して、金額欄等白地のままの前記約束手形一一通にその自署を求めながらも、補充権の存否、内容については控訴人に確めることなく、ただ、訴外人住田との合意のみに基づき、控訴人の指定した金額を超える金額を手形金額とする補充をなしたことが認められるに過ぎないから、被控訴人は、右の手形を取得するについて重大な過失があつたものといわねばならない。そして、約束手形の共同振出人は、それぞれ、別個の手形行為をなすものであるから、それが白地手形の場合、その所持人が共同振出人の一人との間において補充権行使についての合意が成立したからといつて、当然、他の共同振出人との間における補充権の存否、内容について知り得たものとはなし得ないのであつて、本件白地手形について住田静登の言葉を信用し、控訴人に対し右の点の調査を怠つた被控訴人に重過失のあることには何等消長を来たすものではない。したがつて、控訴人の補充権濫用の抗弁は理由がある。もつとも、本件の場合、控訴人は、本件各手形の取得者に対し、それぞれ、少くとも各金一万円の限度で手形金額の白地補充権を与えたものと認められるから、本件各手形金額のうち、右の限度額を超える部分については支払の責任を負担しないが、右の限度額までは支払う責任を免れないものといわねばならない。

原審(第一、第三回)および当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果によれば、前記各手形のうち、最初に満期の到来した金額七万円の手形は住田静登においてその支払いをしたけれども、その後は同人において手形金の支払をしなくなつたので、控訴人は被控訴会社よりきびしく手形金の支払を迫られ、取引銀行との取引停止をまぬがれるため、昭和四〇年八月から一〇月までの各末日を満期とする手形を支払い、次いで同年一一月末日を満期とする金額七万円の手形一通について、そのうち金二万円を被控訴会社に支払い、その残額について、昭和四〇年一二月六日および同月一一日を満期とする金額二万五千円の書換手形二通を振り出し、そのうち一二月六日を満期とする手形の支払をなしたことを認めることができる。しかし、右の事実から直ちに、控訴人が残余の本件各手形の振出を追認し、前記抗弁権をもあらかじめ放棄したものと解することはできないから被控訴人のこの点の主張は採用し得ない。

そうしてみると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、原判決添付別紙手形目録(一)記載の手形金額二万五、〇〇〇円、同目録(二)から(七)まで記載の各手形金額のうち金一万円ずつ合計金六万円、以上総計金八万五、〇〇〇円と右目録(一)記載の手形金額二万五、〇〇〇円に対する満期後の昭和四〇年一二月一二日から、同目録(二)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年一月一日から、同目録(三)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年二月一日から、同目録(四)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年三月一日から、同目録(五)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年四月一日から、同目録(六)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年五月一日から、同目録(七)記載の手形金額の一部である金一万円に対する満期後の昭和四一年六月一日から、各完済まで手形法所定年六分の割合による法定利息金の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。しかるに、これと異なる趣旨の手形判決(広島地方裁判所昭和四一年(手ワ)第一七八号、昭和四二年一月一三日言渡)を認可した原判決は相当でないから、原判決および前記手形判決は、変更を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

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